土用の丑の日

  • 2019.07.26 Friday
  • 15:21

 

「店番日記」でキモノを紹介しないで なんで「ももここ日記」ばかり書いてるんだ??

とキモノを楽しみにして頂いてるお客さまには大変申し訳ないのですが

こうやって文を書いていると 何故かざわざわした心が落ち着くのでございます。

勿論、ご紹介したいキモノも沢山ありまして、写真もちゃんと撮っているのですが。。。

 

 

 

これ、我が家のおとといの朝食。

 

ふふふ、朝からハンバーグです。

大根おろしと青じそとみょうがとレモンの酢漬けをのせて 朝からこんなもん食べる罪悪感を少し中和。

キレイに盛り付けたので 見て見て!です。

 

そして明日は土用の丑の日。

MOMOKOKOの近くに 美味しいうなぎ屋さんがあります。

「いち川」ってうなぎ屋さんです。

って、さぞかし常連な感じですが、実は小市民なのでたった一回行っただけだけど、

本当に美味しくて、流石、名高い「いち川」さんです。

 

明日は土用の丑の日ですが、我が家、畳の表替えをしなくてはいけなくなったので、

今年もうなぎは食べられそうにありません。

 

うなぎと言えば、うちのパパさんは山口の田舎で育ちました。

「子供の頃は 近くの川で電気流してうなぎを捕って食べてたなぁ」

その言葉に北九州市で生まれ育った私は衝撃のカルチャーショックを受けました。

 

川に電気を流して電気でうなぎを痺れさせてうなぎを捕る・・・・

川にうなぎが泳いでるってだけでも へえーっなのに

一少年がやるにはあまりに高度なワザ過ぎで、ほんとにパパさんて、どこまでも未知の人。

ここちゃん、深夜の凶行

  • 2019.07.25 Thursday
  • 19:46

習字を習っています。

もう二年くらいになるでしょうか。

お店のお客さまで、とても素敵なお客さま、その方が習字教室をされていると知って

お願いします、習わせて!と陽子さんと二人、月に二回のお楽しみで通わせて貰っています。

 

その日はここちゃんは私が習字に出かけるのでお留守番。

そしてその出がけに近所のお友達からのラインに気づきました。

 

「今日、うちで飲まない?」

 

お友達のRちゃんはとても料理上手。

飼っているシュナウザーくんも可愛くて、二つ返事で 「お邪魔しーます!」

 

Rちゃん夫婦、同じマンションのTさん夫婦、そしてうちの夫婦と、三組でRちゃん宅に集合することになりました。

 

Rちゃんのお料理も Tさんのお料理もとても美味。

わたしも習字から帰って、ばたばたと適当なものをこさえて、会社から帰ったパパさんは急ぎここちゃんを散歩に連れて行き、

散歩から戻ると

「じゃあ ちょっと出かけてくるねー」

 

ここちゃんはあっけにとられていました。

 

「お産の面倒、お疲れ様!」

宴は盛り上がり、楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、そして11時過ぎに夫婦はいい気分で帰宅しました。

 

「ごめんよー、今日は留守番ばかりで淋しかったねぇ」

とケージから出し、ここちゃんに限りない優しさと愛情をかけました。

 

そして時刻は午前2時。

 

ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ・・・・何かを舐めまわすその音で目が覚めました。

 

「・・・・なに?」

起きて暗がりを見ると パパさんの布団で、寝てるパパさんにぴたっと身体を寄せながら

ここちゃん、何かをくちゃくちゃしてるではありませんか。

急ぎそのお口からその何かを取り出すと それはなにかプラスチックなものでした。

そしてそれを確認する為に電気を点けると

リビングつながりの隣室の和室に 繰り広げられた凄惨な現場に 目が・・・

目がテンになりました・・・・。

 

 

 

わたしの習字の道具袋から先生に書いて貰ったばかりのお手本が引き出され、破られ、

はたまた墨汁のボトルを引き出し、そのキャップを奪い、

そして墨汁に染まった足で暗闇を歩いて・・・・

 

 

 

急ぎパパさんを起こし、流石のパパさんも目の前のその情景に茫然自失。

 

兎に角、これは拭くしかない。

しかしながら ウェットティッシュで拭いても 目地に汚れを押し込むばかり。

 

 

夫婦、錯乱。

 

そうだ!スチームモップがある!

 

だがしかし、頼みの綱のスチームモップは

あ・・・ああ・・・・( ;∀;) 更にその汚れの面積をいたずらに広げるばかり。

 

 

こうなりましたらね、もう人間、寝てしまうしかないんですわ。

 

そして朝。

朝の光に照らし出されたこの凄惨な現場に、流石のここちゃんも悪いことをしたのに気付いたみたいで

 

あたち、淋しかったから仕返しにちょっといたずらしたんだけど

流石にこのお部屋を見たら反省しましたわん。。。。

 

 

そして朝の散歩で真っ黒なウンチをして

大丈夫?墨汁飲んでる?

慌てて動物病院に急ぎ、心配ないことを確認したら もうあとは笑うしか・・・ない。

 

そう言えば 昔 博多に飲みに行って楽しくて帰宅が11時過ぎになった夜、

当時3才のももちゃんが 家でひとりで待っていました。

既にケージに入れなくてもよくなってて、自由放免のももちゃんでした。

「淋しかったのよ〜」としがみつく必死なももちゃんの顔の向こうに

ドアの廻りの廻り縁がずっと上の方までかじられまくっているという衝撃の場面。

 

あの時の補修費は2万円ちょっと。

今回の畳の表替えは 一体おいくら万円なのでしょうか?(ー_ー)

はい、働け、もっと!ってことなんですね・・・・。

 

 

 

豆柴カフェにあるもの

  • 2019.07.25 Thursday
  • 18:58

次女(正確にはパパさんの長女)の里帰り出産で

2か月間、お世話お疲れさまでしたとのことで

由布院に一泊で保養に行ってまいりました。

 

雨の由布院でしたが、雨に洗われた緑と美味しいお蕎麦に癒されました。。。

そしてお蕎麦屋さんの前に 

うおお〜っ 豆柴カフェなるもの発見!

 

カフェの窓辺にポーズをキメた白の豆柴。

だけど・・・・ポーズをキメたまま、じっと動きません。

 

「あの豆柴ちゃん、動かないね・・・」

 

するとパパさんが一言、言い放ちました。

 

「剥製やろ」

 

剥製・・・・・剥製?えっ?剥製?

豆柴の剥製がある豆柴カフェ?

そんな怖いもん、聞いたことないわっ(・・;)

 

安心してください、生きてますよ(ちょっと古い?)

そのあと、ちゃんと動きました!

ただ、豆柴ちゃんはきっと豆柴カフェの看板豆柴として、広告塔としての自分の職務をきちんと実行し、

みんなが見てる筈のその窓辺でポーズをキメ続けていたのに違いないのです。

 

全くパパさん・・・男ってやつは・・・(ー_ー)

 

6月某日 なにかが起こる

  • 2019.07.10 Wednesday
  • 10:55

あかちゃんのいる毎日は何かと慌ただしい毎日です。

 

あかちゃんと

 

そしてまたもうひとり手のかかるこの方

 

いつもなら体調を崩し気味なこの梅雨の季節。

おかげで体調を崩せません^^;

 

そして、6月某日っていう日は何かが起こる日。

まずは 再婚した翌年にパパさんのお父さんが亡くなり、それはこの6月某日。

 

そして、テレビの取材がMOMOKOKOに来たのが6月某日。

イッセーさんって本当にいい人でした^^

 

おととし、人生初めての骨折をしたのが6月某日。

この時はお店の看板を新しく付け替える日で、下駄をはいたまま上を見ながら後退してたら

道路の段差にひっかかって左足の小指がグキッ。

痛すぎる・・・ きっと捻挫したのね・・・でも普通に歩けない。

で、翌日 整形外科に行ったら 

「残念ですが、骨折してますね^^」

 

でも骨折って結構悪くない。

五十肩の痛みで 結構強い痛み止めを飲んでた私でしたが

骨折のおかげでその痛みがなくなったのです。

五十肩の奥からの深い痛みと骨折の外科的な痛み・・・

何故か 外科的な痛みが優位に立ったあと、五十肩の痛みは消えたのです!

それは 骨折という身体の緊急事態に、身体が、再生するぞ!再生しちゃるけんね!

そう指令を出して、五十肩してる場合じゃないよ と私の身体に言い聞かせてくれたのだと

勝手に思ってます。

 

そして今年の6月某日は ばびーになりました。

それは6月上旬のある日、予定日より2週間近くも早く、まさかこの日だなんて思いもよらず。

しかも、超安産!するーっと産まれてまいりました!

きっと亡くなったお父さんが守ってくれていて、

そしてきっとこの日にはいい事があるよと(^_-)

 

 

モモココア! 海外赴任の長女が一時帰国で先週帰ってきて、こんなお土産を>^_^<

マリー・アントワネット由来のココアみたいだけど、

何故か、ももちゃんに似たシルエットのイラストに、

しかもネーミングが ももここあ! なんと!

 

今週は久しぶりに家族四人+あとひとりと一匹で賑やかな週末になりそうです。

 

*個人情報保護の為、日にちは 某日 と書きました!(笑)

 

 

赤ちゃんが来た!

  • 2019.06.28 Friday
  • 19:12

 

我が家に赤ちゃんがやって来ました!

 

「あ、新入りやん!」

 

 

「もっとよく見せて!」

 

「じぃぃぃーーー。か・・・かわいい・・・・」

 

 

赤ちゃんの入浴シーンも興味津々。

 

最近のベビーバスはふーふーふくらませて、ふわふわで。

赤ちゃんにとても優しいの。

世の中、進化してるのねぇ。

 

フレブルって ももちゃんもそうだったけど、あかちゃんにとっても優しいのです。

 

ももちゃん恋しさに買ってきた後姿がももちゃんに似てるブタさんの置物。

仲良くお座りしてるのと 伏せしてるの。

それから 恋子ちゃんが来てくれて、その慌ただしさに淋しさも少しずつ和らいできて

今ではすっかり店主、元気です^^

 

そしてその二匹のブタさんのお耳は 悲惨にも恋子ちゃんにかじられてしまっております^^;

 

 

 

新米ママと時折やって来る赤ちゃんのパパに 美味しいお食事作りもばびーちゃんの役目です。

あと少し、頑張らなくっちゃ!>^_^<

”ばびー”になっちゃった

  • 2019.06.20 Thursday
  • 07:10

 

かねてより帰省中の次女に先日、男の子のベビーが生まれました♪

産室で 助産師さんから「おじいちゃん」と言われてムッとしたというパパさんには「じじ」、

そして同じく「おばあちゃん」と言われてムッとしたわたしはこの新人さんに「ばびー」と呼ばせることにしました^^♪

 

超安産で、きっと赤ちゃんがダイスキなももちゃんがお空から見守ってくれてるんだね と^^

赤ちゃんをとても大切にしてくれるももちゃんだから。

 

そして このお方も新入りです。

恋子ちゃんです。

「ここ」と読みます。

もも に ここ  完結しましたね♪

手作りの落雁

  • 2019.04.03 Wednesday
  • 18:16

 

先週、「お彼岸は過ぎたのですが」と お客さまが手作りの落雁をももちゃんにと持ってきてくださいました^^

嬉しいのと 素敵過ぎるのとで胸がいっぱいに。

早速 帰ってももちゃんにお供えさせていただき、私もひとつ桜の落雁を頂いてみました。

ほんのり桜の香りが優しくて そう言えば今、桜が満開です。

春、ですね^^

 

昨年からお客さまには本当にご心配をかけてしまい、本当に申し訳ありません。

おかげさまで店主、元気になっております。ありがとうございます^^

 

そして、ご報告ですが 我が家に ももこの二代目がやって来ました。

ももちゃんにそっくりな黒いやつ、名前はKOKO です。

ももちゃんに似てるので もしかして ももちゃんの生まれ変わり?とも思いましたが

性格が全然違うので それはないみたいで でも家に手のかかる仔犬ちゃんがいるという毎日。

それはすごいことでした。

大きな声がまた出るようになりました。

「こらーっ!」とすばしこい忍者のような仔犬ちゃんを追いかけながら 

気が付いたらまた大きな声が出せてる元気な自分がいました。

 

ももちゃん、笑って見てるかな?

私は涙の枯れた女で(なんか昭和の演歌?)

でも ももちゃんのおかげでまた涙が出るようになりました。

涙って科学的にも出した方がいいんですって。

時々 ももちゃんを想って泣きながら この涙はももちゃんからのプレゼントなのねと思います。

 

空に還る命 新しい命。

新しい命を迎えて、これから少しずつKOKOちゃんと家族になっていきます。

 

心配してくださったお客さま、ありがとうございます^^

そして大切な大好きなももちゃん、ずっとずっと大好きだから。

 

 

 

 

 

2019年

  • 2019.02.05 Tuesday
  • 18:03

皆さんにご心配をかけてしまって 本当に本当に申し訳ありません。

お店も週1回になり お客さまにはご不便をおかけしております。

ももわんを送ってから そろそろ三か月。

でも、ももわんの身体はもうこの世にはありませんが

ももわんはちゃんとお空で元気で、そして時々こちらに来てくれるようです。

カサカサカサ・・・と爪の音。ももわんが歩いてる時の爪の音。

1回目は「ももここ日記」を泣きながら書いていた前回の時の話。

その次は朝の4時頃、ももわんの歩くいつもの同じ爪の音で目が覚めました。

「ももちゃん 来てくれたん?」

ママサンがあんまり元気ないから心配で来たの。

そんなとこだと思います。

不思議な話ですが、本当の話です。

そして そのことにどんなにどんなに救われたでしょう。

 

命のシステムがどうなっているのかわかりませんが

きっとまた会える。確かにそう思います。

だからまた会える時まで 時々思い出しては泣きながら でも笑ってがんばらなくてはです!

 

 

 

1月、江戸ゆかたで有名な三勝さんの展示会にパパサンと行ってきました。

そしたら冠雪の富士山が窓からこんなに綺麗に見えまして(実は高いとこフェチ)

 

そして宿泊した両国のホテルからは あら、スカイツリーまで!

 

 

そしてパパサンの後ろ姿・・・・これって・・・これって・・・

 

妖怪人間ベムでは?!

 

 

 

 

 

あたたかで優しい日々

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 15:15

2018年11月8日 午後11時20分

私共のかわいいかわいいももわんがこの世を去りました。

ももこの生前 ももこを可愛がって愛してくださった皆さま、

本当にありがとうございました。

 

お友達がお庭のお花を花束にして駆けつけてくれて、一緒に泣いてくれました。

前々日、お見舞いに来てくれて 挨拶をとても大事にするももわんはその時は酸素室から出て、

歓迎の挨拶をしていました。その時頂いたチーズのパンをももわんは美味しいって食べて、

最期にももわんの棺にも納めてあげました。食いしんぼうのももちゃんだものね。ね、ももわん。

 

もっと早くに皆さまにお知らせしなければと思いながら

ここに報告する作業は余りにも辛く ご報告が遅れて申し訳ありません。

 

もともと2014年にお店を始めた時は ももわんとふたりでゆっくり週に3日、のんびりとお店をしていた事を

ももわんの看病をしながら思い出していました。

いつからか止まれない電車に乗って、降りることが出来ないまま、そのまま走り続けてました。

それは責任であり、期待であり、私の性分でもあり。。。。

今はゆっくりした時間のなかで 大好きなももわんの写真に話しかけて 一日を過ごしています。

どんぐりお目々の可愛いももわんは かいわれをほっぺたに付けておねだり。

ももわんらしい大好きなこの写真を遺影に選びました。

 

8月の終わりくらいから ももわんの呼吸が荒くなる時がありました。

特に夜になると呼吸が荒く、何軒かの病院にかかりましたが 最後は小倉北区のライト動物病院さんにお世話になり、

ご尽力頂きました。

診療日に休みがなく、入院設備も整い、複数の先生がいらして安心出来る病院で

そして何より担当の先生が大学の先生とも繋がっておられ教授の意見も仰ぎながら治療してくださり、

徹底的に検査をし、本当に力を尽くして頂いたと ももわん共々感謝でいっぱいです。

初診日に入院を勧められましたが 私共の家族になってからひとりで夜を過ごしたことのないももわんに

病院の狭い酸素室の中で夜を過ごさせることは却ってよくないと、朝、入院させて夕方迎えに行く方法をとりました。

先生もレンタルの酸素室を手配してくださり、翌日の夜には自宅に酸素室も届きました。

 

はじめはひとり隔離されることを嫌がりましたが この中に入ると呼吸が樂。

「しょうがないわね、でもここは結構ラク」と 闘病するももわんでした。

 

しかしながら 撫でてあげたい 苦しいももわんに寄り添いたい。

で、椅子の廻りに何枚もビニールを掛け、その横に開けた穴から酸素のチューブを入れて作る特製の

酸素室を作りました。

ももわんの背中を撫でながら 酸素濃度の管理をしながら 朝の5時まで一睡もしない夜。

その日から うっかり眠ってしまわないように1時間おきにタイマーをかけて看病する壮絶な日が続きました。

眠れない ということはすごく辛いことです。

ももわんは呼吸が苦しいせいで 眠れない。

眠っても 10分。

いつも幸せにねんねしていたももわんにはどんなに辛いことだったでしょう。

ももわんが眠れないなら お母さんも付き合うから と、いっぱいいっぱいの切ない気持ちでした。

 

食べているのにももわんは一気に痩せていきました。

眠れないのと 苦しい呼吸で痩せてしまうのでしょうか。 

もう駄目なのかもしれない と暗澹とした気持ちになる時と

夕方 病院にお迎えに行った時 酸素室から出てあっけらかんとした可愛い表情に安心して希望を持つ時と。

 

ずっとこの日が来るのが怖かった。

ももわんが我が家に来て そして家族になって かえがえのない存在になってから。

 

10年前、北九州の郊外の家から愛犬ののんのんだけを連れて、仕事も辞めて、私は下関のパパさんの家にやって来ました。

お互いに一人娘は大学生で、福岡市で一人暮らしで、私はパパさんの食事担当として?嫁に来ました。

その2か月後、のんのんが お母さんの幸せは見届けたよ、と言うように突然他界しました。

のんのんは母子家庭だった10年間、ずっと私達母娘と寄り添ってくれたわんこです。

慣れない下関での暮らしと のんのんを失った喪失感のなかで「フレンチブルドッグが可愛いらしい」という娘の言葉で、ももわんは我が家にやって来ました。

 

最初は不良娘で人を信じず、どうしようかと思ったももこ。

 

自分のベッドを破ってそこから顔出してどうすることも出来ないやんちゃな幼児時代。 

 

慌ただしい日々が始まり、色々手も焼きました。

 

こんな頃もありました。美わんこさんでしょう?

この頃はまだお耳が立ってました。

その後 耳血腫を患い くちゃっとしたお耳になりましたがそれもまた可愛くて。

 

真っ黒だったももわんが少しずつお口の廻りが白くなってきて

 

共に一緒に過ごした春、夏、秋、冬。

ももわんは わたしたちの幸せのかたまりでした。

相棒であり、親友であり、子供であり・・・・。優しく淋しがり屋でみんなに愛され

そして何故か言葉を理解しました。そして言葉だけでなく、人の気持ちも察しました。

なんででしょうね?

闘病のももわんの酸素室で 一度だけももわんの眼にうっすらと泪が滲んだ時がありました。

その時、ももわんの泪を見るのはとても辛く、切なく・・・・。

すると ももわんは すぐにあっけらかんとして それから一度も泪を見せることはありませんでした。

きっと私の悲しい想いを察したのだと思います。 

たまに美味しいものを食べた時とか怒られたりした時とか じわーと泪ぐんだりして ももわんはとても感情の豊かな子でした。

そして ももわんの闘病生活は父の闘病の時と似ていました。

 

弱音を吐かないのです。

 

私が23才の時、父は膵臓癌で病床にいました。

毎日 会社の帰りにお見舞いに通う私に 事業家でもある父は私に病床から仕事を手伝わせることもありました。

全身チューブにつながれて、輸血で命をつないでいるのに

父には生きる、そしてまた仕事に復帰する強い気持ちと希みがありました。

癌であることを私は知らされてはいなかったですが その状況を見れば絶望的な状況であることは否めなく、

でも 私が泪を流せば父はなんと思うだろう  

絶対助かる、 そう思い込むことで 私は泪を封印し、なんでもない様子で毎日病院に行きました。

「大丈夫、私が輸血の血、集めてあげるからね」

そう言った時、生まれて初めて父の眼から一筋流れる泪を見ました。

あとにも先にも私が見た一回きりの父の泪でした。

そして一ケ月にも満たない入院の先、父は49年の生涯を閉じました。

しかしながら闘病中、決して弱音を吐かずに、凛として生きようとしていた父の最期のさまを見届けて

甘ちゃんのお嬢さんだった私は強くなりました。

 

泪を見せればお母さんが悲しむと思ったのでしょうか。

ごはん要らない と言ったら お母さんが心配すると思ったのでしょうか。

ももわんは 亡くなる数時間前まで 私がお口に運んであげるものをぱくっと食べてくれました。

ずっと手作りごはんだったから 栄養が偏っていたのかもしれないと 人も食べれるドックフードもネットで見つけて

亡くなるその日の夕方、やっと届いたフードの粒を ひとつひとつ食べてくれました。苦しい呼吸なのに。

 

ももわんの最期は パパさんとママさんの腕のなかでした。

突然、必死の形相で 酸素室から出る!と訴え、出した直後、ももわんの異変。

思い切りの大声でお風呂にいるパパさんを呼びました。

 

亡くなる最後の日まで ももわんは酸素室に入るか お母さんの作った椅子の酸素室かどちらかを選び

きつい筈なのにふらつきながらも自分でちゃんと歩いていつものトイレの場所でトイレを済ませ、

大好きなお刺身のゆでたものをぱくっと食べてくれて お豆腐も食べて 

その日の夕方に届いたドッグフードも一粒ずつ食べてくれてママさんを安心させてくれました。

まさかいきなりその日の夜に逝ってしまうなんて 思いもせずにいた私達でした。

本当にももわんは最後の最後まで きちんとしたわんこでした。

そして最後の最後まで 強かったです。優しくて凛として強かった。

 

ももわんの最期を看取って 抜けがらになったももわんを抱きしめて その夜はパパさんとママさんと川の字で寝ました。

段々冷たくなっていくももわんの大好きだったおなかさんやしっぽさんや背中さんを撫で、明け方、少しだけ眠りました。

とうとう来てしまったこの日でした。

だけど冷静に強くいれたのは 最後まできちんとして弱音を吐かずにいたももわんが そうしなさいと教えてくれたからです。

苦しいなか頑張って闘って 崇高なももわんでした。

 

ももわんが淋しくないように ももわんがずっと元気でいるように ももわんが幸せでありますように

淋しがり屋のももわんなので 長い時間の留守番はさせずに ママさんは出来るだけももわんと一緒にいて

それからお店に出かけていました。夕方パパさんが戻るまでの時間を逆算して ももわんの留守番が長くないように。

退屈なももわんが手をなめてなめて 血だらけになってしまうからです。

 

この10月からパパさんが週三日の勤務になり、ももわんの留守番はこれからは週に一日だけになる予定でした。

そしてパパさんの食事担当の為にが いちばんの結婚の理由だったのに お店の仕事と経営に追われて 

私はずっと作っていたお弁当はおろか、朝もなかなか起きれなくなっていました。

県外の会社に通うパパさんの朝は早く、5時前には起床します。

考えれば 私も還暦。身体は間違いなくキャパシティーを超えており 健康不安もありました。

 

ももわんを失って初めて 本末転倒な毎日に気づきました。

大切なパパさんを もっと大事にしなくては。

そして ももわんがいない淋しい毎日をこれからふたりで乗り切っていかなくてはなりません。

ふたりの日々は いつもももわんと一緒だったので ももわんのいないふたりの暮らしはどんな暮らしなのか

今は ただただふたり ぽつんとしています。

 

という事情で、とりあえず12月から お店の営業を土曜日だけにすることに致しました。

月曜日と水曜日は 陽子さんが着付教室をします。

当面 このスタイルで やっていこうと思っております。

 

ももわんがいた日々は ただただあたたかく、優しい日々でした。

一緒に同じ時を生きてくれて ありがとう。

ももわんと一緒で 幸せでたまらなかったパパさんとママさんだよ。

沢山の幸せをくれたももわん、今はもう苦しくないね。ゆっくりたっぷり眠れるね。

先輩ののんのんにしっかり頼んだから 今は天国でのんのんと駆けまわってるかな?

でも時々はおうちに戻って覗いてみてよ。

いつかきっとまた会えるよね。

いつかママさんがそっちに行ったら真っ先に走って来てね、ももわん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ももちゃん、がんばってます。

  • 2018.11.04 Sunday
  • 12:31

8月の終わりくらいから調子を崩していたももちゃんが

10月の終わりくらいから急変して危機的状況に陥りました。

毎日 病院のICUに入り、夜は迎えに行き、家で見守っていましたが

今は酸素室をレンタルして 24時間 家での見守りになりました。

病院の酸素室と違って 酸素濃度、温度、湿度管理が結構難しく

ももこの様子を見守りながら一喜一憂の毎日です。

生きようとするももこの強さに 私もしゃんとしなければと教えられます。

 

そんなわけで 折角 このページを開いて頂いておりますが

24時間見守りしております関係で 店にも行けず、暫くブログの更新が出来ませんことを

お詫び致します。大変申し訳ございません。

お店は陽子さんが在店しておりますので 通常通り営業致しております。

何卒 宜しくお願い致します。

 

ちょっと調子の良い時です。

点滴のお手々が痛ましいけど 頑張ってるももちゃん。

 

 

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